2008年07月15日
当社社長のインタビュー記事より(その1)
さて、以前、このブログでもご紹介しましたが、「プレジデントビジョン」という経営者向けメルマガに、
当社代表取締役 浅野のインタビュー記事が掲載されました。
ということで、今回から9回に分けて、そのインタビュー記事を元に、当社社長の「人となり」がわかるようなエピソードやお話をご紹介をしていきたいと思います。
■「毎月200時間の残業」が当たり前だった派遣労働者時代
現在、ビジネスアプリケーションの代表取締役社長である浅野は、もともとは、医療機器メーカーのエンジニア、ほかにも分析装置のエンジニアなどのサラリーマンをしていました。
31歳の頃まで東京のオフィスに勤務していたそうですが、あるとき当時の上司から地方への転勤を勧められたこときっかけに、転勤を決意。その後、当時ソフトウェア会社に転職した友人からの誘いで、青梅にある某メーカーでダムの水質管理をコントロールする機器開発工場派遣の仕事に就いたのです。
当時は、まだ「労働者派遣法」が存在しなかったころで、毎月200時間の残業も当たり前という状況だったといいます。現在のようにパソコンが1人1台という時代ではなかったこと、また工場からの出荷が深夜になることが多い状況で、夜遅くまで働くしかないという勤務状態になっていたのだといいます。
その後、別の工場に異動になったものの、残業時間は毎月150時間ほど。このような環境で仕事を続けることは不可能だと判断した浅野は、1年ちょっとでその会社をやめたそうです。
その後、紆余曲折のビジネス人生を歩むことになりますが、続きは次回へ。

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